創生水の歴史

創生水の理念を受け継いだaquavivi

2021年、創生水の理念を受け継ぎ改良され「aquavivi(アクアヴィヴィ)」が誕生しました。
aquavivi(アクアヴィヴィ)のご案内をするにあたって必要なのが創生水の生みの親である深井利春の歩んだ道になります。
このページでは開発者深井利春の歩みとともに創生水の歴史を振り返ります。

※本ページの創生水に関わる画像は開発者ご親族様よりご提供いただきました


開発者:深井利春

1947年長野県出身。1976年レストラン開店、1980年・1983年にホテル開業。
1986年すべての事業を辞める。1987年(株)大志を設立。1993年に創生ワールド(株)に社名変更。1995年日本獣医畜産大学にて記者会見し「創生水」を発表。1998年創生クリーニング「ムー」開設。2007年深井総合研究所(株)設立。2011年東京福祉大学・大学院特任教授に就任。著書に「洗剤が消える日。」(ダイヤモンド社)


創生水誕生のきっかけ

1980年代前半:千曲川の清流を取り戻したい

当時長野県東御市にてホテル・レストランを営んでいた深井利春(初代)は、経営するホテルから流れる排水がすぐ下を流れる千曲川に流れ込んでいるのを目にします。
川に流れ込む洗剤の泡を見てショックを受けた深井は「命の元である川をこのままにしてはいけない」と心に誓います。
深井は亡き父深井正人の言葉を思い出します。「自然と人間は一体だ。川を汚せば人間の血液が汚れ、必ず人間は病気になる」という言葉を心から理解した瞬間でした。
深井はその後ホテル事業を閉じ、手元に残った資金を元に、洗剤への挑戦が始まります。

脱・洗剤へのチャレンジ

1980年代後半:洗剤に変わる「なにか」を作りたい

会社を清算した深井は洗剤について研究をはじめ、やがて、合成洗剤の持つ成分が身体や川を流れる生態系に影響を及ぼしていることを知ります。
研究のかたわら合成洗剤追放運動などの反対運動にも参加するが、長くは続きませんでした。
深井は「反対するだけなら簡単。それに代わる「なにか」を提示しなければ無責任である」と感じていたのです。
そこで開発したのが「石鹸を200倍に薄めた液体が出てくるシャワー機」です。
軟水の水を使うことで、石鹸を極限まで薄めても洗浄力が保たれます。
スーパーシャワープロと名付けられた初代商品ですが、安心、安全の意味ではまだ疑問が残りました。
洗剤は薄めたところで毒は毒なのです。
深井の安心の定義は「口に入れても安全なもの」「食べられるもの・飲めるもの」なのです。

創生水へ繋がる道

1990年代:水には洗浄力がある!

深井は、洗剤の力に頼らず、水そのものの洗浄力に着目し、研究を進めました。
そんな中で水のクラスターを小さくすると言われているトルマリン(電機石)をアルミの力で最大限に引き出し、洗剤と同等の洗浄力を持つ水「洗浄太郎」の開発に成功します。洗浄太郎は飲めて洗える水なのですが、ある時お客様よりこんなお電話が入りました。
「洗浄太郎の水を飲んで、健康にも良いのですか?」
ちょうどその頃、水道水の塩素の問題で浄水器が流行りはじめた時期でした。水に関心を持つ消費者が増えました。
深井はそこで、ただ「洗える水」「飲める水」ではなく、「飲んで健康に良い水」の開発に挑みます。
これが”創生水”への道に繋がります。

ついに完成!創生水!

1995年:洗える+身体にも良い水

身体にも良い水として着目したのが「黒曜石」でした。黒曜石とは縄文時代に矢じりや包丁に使われていた石です。
洗浄太郎に黒曜石を取り付けることで、酸化還元電位が下がり、水の鮮度が増しました。
つまり水質があがっているということです。洗剤を使わず、飲んでも健康によい水が完成したのです。
そして機器の名を「洗浄太郎」から「創生水」へと変えました。
ついに洗剤を必要としないライフスタイルを贈ることが実現するようになった瞬間です。

創生水が各家庭へ

2000年:「洗剤のない暮らし」が全国へ広がる

創生水は2020年時点で、述べ2000世帯を超える家庭やお店に導入され、料理に、飲料に、洗濯、お風呂にと「洗剤のない暮らし」を提供しています。一方で創生水を幅広く世界に広め、地球環境を改善するという夢の道半ばで、開発者深井利春は病に倒れ、帰らぬ人となってしまいました。

現在の創生水

2021年:創生水の理念を引き継ぎ改良、「aquavivi」へ

2021年、創生水は理念を開発者深井の理念を引き継ぎ改良、「aquavivi(アクアヴィヴィ)」としてリニューアルいたしました。
ご注文は通販・お電話にて承ります。長野県上田市の恵みを全国へお届けします。